この作品を発表した雑誌の記憶は定かではないのですが、要するに、トキワ荘に所縁のあるマンガ家の皆様がリレーでトキワ荘の思い出を綴る、 読切連載のような形式だったかと思います。 確か、手塚先生を始め、皆様ご健在でしたので、本当にトキワ荘出身マンガ家のオールスター競作だったのです。 それを、小学生か中学生だった自分もワクワクしながら読んだ覚えがあります。 各マンガ家の方々の、トキワ荘に対する想いがそれぞれ吹き出して、一つの場所の物語を、幾つもの視点で描かかれているというわけで、 考えたら凄く貴重な企画ですよね。 それぞれのマンガ家の方々が、こんな風に感じていたのかとか、同じことでも、視点が変わると、こんな描写になるのかと、 毎回、ワクワクしておりました。 だいたいのマンガ家の方が、それこそ私小説風に捉えて描かれていたのですが、石森だけは一切セリフのない、 所謂、「ファンタジーワールド・ジュン」で試みた、イメージで繋ぎ合わせていく手法で描いておりました。 子供心にも、この人は他とは違う萬画家なのだと、改めて、尊敬の念を抱いたことを覚えています。
まさに、石森イズム。一人の萬画家の凄さと才能と実験性に、いい意味で打ちのめされました。 作者自身が、トキワ荘の廊下から部屋に入るドアを開けると、上京してきた機関車のアップになります。物言わずとも、ここまでのコマで、 上京時からの回想を読者に渡してくれるのです。 学生服の作者が、荷物を前に、部屋にポツッといるショットから、廊下に出て、共同の炊事場でお湯を沸かし、持って帰ると、 今度は燦々と輝く太陽が見え、高熱でうなされている作者を、皆で原稿を書いて助けているカットとなります。 夏の暑さと南京虫の被害、同人誌「墨汁一滴」のメンバーと、トキワ荘のメンバー、そして吹雪く冬の寒さを経験して、廊下には、 今までいたトキワ荘の住人たちが背中を向け去って行くカットを入れてきます。最後までトキワ荘に残っていた作者の寂しさが手に取るように 伝わってきました。その当時の作者が、廃墟のようになったトキワ荘を後にする絵で終わります。
トキワ荘の成枯盛衰を短いページで、イメージの絵だけで繋ぎ合わせた作品ですが、喜び、楽しさ、苦しさ、寂しさを全て伝えてくれるのです。 これはトキワ荘の栄枯盛衰を描ているわけではなく、作者の青春の始まりから終わりまでを描いているのではないかと感じたら、 自然と涙が零れ落ちました。