「少年同盟」前編

僕が小学生の頃の話です。母方の祖母が、大の相撲好きで、その影響で僕も観るようになりました。その当時は、先代の貴ノ花関が人気絶頂で、祖母も応援しておりました。それに引っ張られるように、うちの家族たちも、自然に貴ノ花関を応援していたと思います。当時、横綱と言えば、輪島関や北の湖関が君臨しておりました。特に北の湖関は絶対王者のような強さで、余りの強さにアンチファンが生まれるほど。特に、他の力士に比べると小兵だった貴ノ花関との対決は、圧倒的に小兵力士に声援が送られます。実際、当時の我が家も、貴ノ花関に声援を送っておりました。

ある日、ある事をきっかけに、この図式が一変したのです。ある週刊誌に、北の湖関の特集が組まれました。それは横綱のプライべートを追うものでした。それまで余り知られてはおりませんでしたが、北の湖関は大のマンガ好きだったのです。グラビアでは、北の湖関がマンガの単行本を持って、カメラに向かって満面の笑みをむけています。その大きな手で、開かれていたマンガ本が、石森章太郎作「少年同盟」・・・か、「怪人同盟」(笑)。

なんせ40年近くも前の事なので、記憶も定かではないのですが、「~同盟」だった事は確かなのです。曖昧な記憶ですが、「少年同盟」の事を綴り始めようとした時に、このエピソードを思い出したので書かせて頂きました。

ところで、その北の湖関のグラビアを見てからというもの、途端に両親は北の湖関の大ファンになりまして、対戦相手がイケメンの関取であったとしても、小兵力士であったとしても、全力で北の湖関を応援しておりました。石森作品が好きで愛読していることを知った時、グラビアで石森萬画と一緒に笑顔で写った北の湖関の写真を見せながら、本当に嬉しそうに僕に向けた顔が、心からの笑顔だったのを、昨日の事のように思い出します。

たとえ横綱では無かったとしても、その作者の作品が好きなんですと言われれば、どんな大萬画家でも嬉しいものです。僕のような名もない劇作家だって、僕の作品が好きで、劇場に足を運んでいますと言われれば、昇天しちゃうくらい嬉しいのですから。そんな想いを伝えながら、次回は、「少年同盟」の作品の事をお話ししたいと思います。

Shotaro Ishinomori I saw