蛇好芳則
石ノ森章太郎ふるさと記念館 現館長。
石ノ森章太郎が生まれ育った地の施設で、その人柄や功績を広く知ってもらうとともに、
登米市中田町石森地域の活性化へもつながるよう務めている。

―First of all, could you tell us what kind of facility the Ishinomor mori Shotaro Furusato Memorial Hall is?

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漫画文化を継承・育成し、人々に教育普及させていくための育成施設として、石ノ森章太郎ふるさと記念館は、2000年7月にオープンし、20年を迎えました。また生涯学習施設としての目的もあります。

記念館を核として人と人との交流を盛り上げること。そこから発生する活力や新たな発見を生かして、地域や町の活性化につなげること。そうした住民同士のふれあいや、また、来館者と地元の交流により、地域の活性化を図ることを期待して建設されました。

コンセプトは、「過去と未来をつなぐ、私たちの遺伝子」です。環境・もの・ひとを感じる空間づくりを、基本方針としています。記念館の入り口には、旧中田町石森(いしのもり)の街並みを偲ばせる土蔵があり、小川のせせらぎを再現した遊びの庭や、石ノ森先生のキャラクターによるテーマウォールが並びます。

館内には石ノ森先生に関する展示を中心とした常設展示室、オリジナルアニメ「小川のメダカ」を上映するビデオシアター、漫画やアニメの巡回展や石ノ森作品を中心とした特別展示を行う企画展示室があり、子供から高齢者の皆様まで十分に楽しめる施設となっております。

―展示内容についてご紹介いただけますでしょうか?

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特に常設展示室には、石ノ森先生の活躍の様子を年表風に紹介する床下展示があります。青春を過ごしたトキワ荘の部屋の再現や、45名の漫画家の皆さんから頂戴したお祝い扇子、電気仕掛けの生家のジオラマなどにより、石ノ森先生を偲ばせる場を演出しています。

つまり、石ノ森先生を顕彰するとともに、先生のあたたかい人柄と、それを育んできた環境に関する展示などを中心に、その作品のみならず広く石ノ森先生を知ってもらうための施設となっております。また常設展示室奥のビデオシアターでは、その思いを込めたオリジナルアニメを上映しています。

―館内シアターの上映作品「小川のメダカ」について、見どころを教えてください。

 

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常設展示室奥のビデオシアターで上映している「小川のメダカ」は、1981年に発表された短編が原作で、故郷・中田町をモチーフとしてます。
監督・絵コンテを村野守美さん、アニメーション制作はマッドハウス、石ノ森先生の声を山寺宏一さんが担当されており、「東京国際アニメフェア2003東京アニメアワード」のアニメ作品部門で優秀作品賞もいただきました。

その内容は、石ノ森先生自身が日々の仕事に忙殺されて、息子さんたちに父親らしいことをしてやれなかったと気づき、二人を自分の故郷・宮城県中田町に連れて行くお話しで、石ノ森先生のキャラクターを交えて、ふるさとへの思いを表現した作品となっています。

―昨年の7月で開館20周年を迎え、これまで多くの企画展が開催されてきています。館内で開催される企画展について、皆さんに伝えたい内容・魅力などもあれば教えてください。

 

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これまで、多くの特別企画展を開催してきましたが、ここ最近は特に石ノ森先生の作品に関する企画展を開催しております。

石ノ森先生生誕80年や開館20年など記念すべき年を迎え、改めて石ノ森作品の魅力、漫画に対する思い、交友のあった方々の心に残る思い出などを発信してきました。より深く「人間・石ノ森章太郎」を知っていただける内容となっております。

時を超えても色あせないといいますか、時を経てさらに鮮明にその魅力が浮き出てくる作品たちは、当時の少年少女の心の中に強く焼き付けられたことと思います。

記念館においでいただく方々は、やはり中高年の方が多いです。子供のころに見たマンガやアニメ・特撮番組の心に残るシーンが、ふるさとを思うなつかしさとあわせてよみがえる・・・そんなひとときを過ごしていただけるような展示を心がけています。

また、お子様方にはマンガをテーマとした“体験”で楽しんでいただき、石ノ森作品の魅力を感じてもらえることを意識しています。

―歴代受け継がれてきた、運営上の心構えなどはありますでしょうか?

 

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先ほども申し上げましたが、当記念館は、石ノ森先生を顕彰、漫画に関する情報発信とともに、生涯学習施設としての役割を持っています。

地域活動への参加協力も多く、地域の夏祭り、光のページェントなどのイベント実施のほか、近くの小学校のコミュニティスクールへも参加させていただいております。このようなことから、地域(特に中田町石森)に愛される施設であることも重要です。

そうありたいという思いは、記念館入口に設置された石碑の石ノ森先生のことば「町おこし人おこし・・・」(※)に通じるものと考えています。

※「町おこし 人おこし」
町はひとりではおこせませんが 人はひとりでもおこせます おこすとは興すであり熾すであり起すです 一人一人の魂の覚醒こそが 町おこしの第一歩であり皆さんの役目であります 
―――石ノ森章太郎

―記念館の近くには、石ノ森章太郎の生家もありますよね。

 

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記念館から南側に少し歩いたところに、石ノ森先生の生家があります。記念館前の蔵と同じく歴史を感じさせる建物です。入り口の構えには、元々専売品を取り扱っていたお店でもあった頃の印象が残ります。2階には石ノ森先生が高校時代まで過ごした部屋があり、古く大きなもみじの木や、今は閉ざされた小川も・・・。

石ノ森先生が育った頃は商店街だったこの地域も、今ではシャッター街となりつつあり、10年前の東日本大震災では、この地域でも古い建物のいくつかが倒壊しました。

幸いにも生家は、倒壊には至りませんでしたが、大きな被害を受けて大規模な補修を余儀なくされたと聞いております。そういった状況のなかでも、生家はいまも残り、子どものころの先生が目にしていたと思われる今は無き風景、感じてきた空気、家族や友人との思い出など、漫画家になる前の石ノ森章太郎少年の感性に触れることができます。

近所に住んでいた後輩の方から聞いた話では、石ノ森先生は、子どもたちが遊んでいると、一緒に遊ぶというよりは、その様子を見ていることが多かったと聞いています。その頃から動作や風景を観察して、頭の中で漫画を描くイメージトレーニングをしていたのではないかということでした。

―記念館や生家などの施設以外に、登米を訪れる方に見てほしい場所はありますか?

 

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記念館周辺にも、先生が子供のころ遊んでいた思い出の小道、2つの神社、通っていた小学校、田園風景など当時を偲ばせる風景が残されています。

また、登米市内には現在でも多くの自然が残されております。「水の里」として川や湖沼も多く、夏はホタルやトンボの舞う水辺、冬は白鳥やガンなどの渡り鳥が来る湖沼や田園と、季節を通じて自然に触れることができます。石ノ森先生が描いてきた「ふるさと」をそこかしこで感じられると思います。

―最後に、ISHIMORI MAGAZINEをご覧の方へメッセージをお願い致します。

 

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石ノ森先生がお亡くなりになって23年が経ちますが、我々のような石ノ森作品で育ってきた年代からすると、年を追うごとに「なつかしさ」は重要なファクターとなってきております。ITやデジタルが発展してきている現代において、子どもたちにとっても先生の手書きの紙の原画を見ることは、一周回って逆に真新しさも感じられるのではないでしょうか。

記念館では、そのような中で漫画作品やヒーローたちの「ふるさと」をテーマとして、企画展示などの催しを行なっています。

新型ウイルス感染症が早く収束することを願いつつ、皆様にご来館いただきお会いできるのを楽しみにお待ちしております。