「人造人間キカイダー」

石森章太郎と言えば、『仮面ライダー』に代表されるヒーローものを連想される方が多いでしょう。
今こちらで、最初にヒーローものの作品の感想を書くのは、やはり『仮面ライダー』じゃないかとも思ったのですが、自分の趣向が、どちらかというと“反メジャー”なんですよ。映画でも、メジャー作品よりは、単館で上映しているようなアート系作品の良品を探すのが好きですし、演劇でも、大劇場の作品よりは、小劇場で作家性の強い作品を観るのが好きです。

 今回取り上げた作品『人造人間キカイダー』は、メジャー作品ではないとは言いませんが、メジャーにぶつかっていく、アンチテーゼ溢れるパッションを自分は感じてしまうのです。

だって、僕が子供の頃、あの『8時だよ!全員集合!』の裏番組にぶつけてきたんですよ。言ってみれば、夜8時に子供番組ですよ。

全員集合を支持していたのが、ほぼ子供たちだったので、それまで、8時台の子供番組が無かったことが不思議なくらいですが、夜7時台に子供番組と決まっていた、当時のテレビ業界では、とても画期的なものでした。テレビの企画と連動して、マンガ連載をすることも、『仮面ライダー』が初めての試みで、とても新しい事でしたが、怪物番組の裏番組に子供番組をぶつける企画に乗ったのも、石森らしいチャレンジ精神だったと思います。

でも、今だから正直に言いますが、本音を言えば『全員集合』が観たかった(笑)。今のように、録画出来れば、なんの問題もないのですが、お茶の間に1台しかないテレビで、石森作品を観ないわけにはいかないでしょ(笑)

そんな思いに駆られながらも、観始めた『人造人間キカイダー』でしたが、この奇抜なデザインも含め、その物語も、少年の心を掴むものだったことは間違いありません。放送期間中は、一度たりとも、『全員集合』を観ませんでしたから。そして、同級生も徐々に、キカイダーの話題が増えていき、子供心に反響の大きさを実感したことを覚えています。

ある日、石森は面白い時計を購入したと、僕と弟に見せてくれました。それは、時計の盤面がなく、内部の機械がむき出しになっているデザインでした。僕も弟も、この時計に声をあげたのを覚えています。それほど、斬新でカッコよく見えたのです。自分の記憶も定かではないのですが、キカイダーが先か、この時計が先か、はっきりしていません。もし、キカイダー以前だとしたら、恐らく、キカイダーを考案する時に、この時計のデザインと僕らの反応の影響は、少なからずあったかと思います。当時の子供たちも、顔半分が内部の機械剥きだしというヒーローのデザインは、グロテスクなバッタの顔をモチーフにした仮面ライダーのデザインに双璧するくらい、今まで見たこともないほど斬新でカッコ良いものだったと思います。

そして、主人公。マンガで見ると違和感はないのですが、サングラスを頭に掛け、ギターを背負う姿を実写で観た時は、衝撃的でした。でもそれだけインパクトのある出で立ちだからこそ、少年たちの心に強く残り、支持されたのだと思います。

最近、マンガ版を読みましたが、ピノキオのエピソードから始まるオープニングは哀愁漂うヒーロー像を既に連想させ、正に石森イズム。悪のために改造された者が、正義に向かうシチュエーションは、『サイボーグ009』から『仮面ライダー』へと続いてゆく、石森ヒーローの王道。

そして、このキカイダーでは、“良心回路”という新たなアイテムが登場し、最初から明確に、正義というものを提示してくれます。近年、多くの商品も、似たようなアプローチでネーミングを付けている印象がありますが、「機械だー」「破壊だー」「美人だー」、このシンプルかつインパクトある名前は、場合によっては、笑われてしまう可能性もあるでしょう。しかし、言葉一つで意図がはっきりわかり、しかも、その単語自体が、馴染むと独立して、カッコよく感じられるのは、石森マジックと呼んでいいほど、センスを感じます。

日本全国の、現在少年たち、当時少年だった人たちに、『仮面ライダー』と『キカイダー』どちらを知っているかを尋ねたら、間違いなく『仮面ライダー』の方が知名度はあるでしょう。だけど、熱狂しているファンの熱狂度を比較したら、きっと『キカイダー』も負けていないと思います。それだけ、この作品は、メジャーに対抗するアンチテイゼ溢れるヒーローなのですから。