作品が評価されている限り作者も生きている。
今後も「石ノ森章太郎」を届けるのが私の使命です。

萬画家 早瀬マサト(石森プロ)

石ノ森章太郎の最後の愛弟子であり、現在の石森プロを支えるマンガ家、早瀬マサト氏のロングインタビュー。ギネス記録を遺した巨匠の素顔を語り尽くす。

マンガ家って、なれるんだ!?

—— 早瀬さんが石ノ森先生の門を叩いたきっかけは?

早瀬 当時、私は名古屋の芸大の学生で、商業デザインを勉強しながら仲間と同人活動をしていたんですね。もちろんマンガは大好きだったけど、プロになれるなんて想像もしてません。ところが、あるとき仲間の一人がいきなりデビューしたんです。それで、「あ、マンガ家ってなれるものなんだ!」と(笑)。ちょうどそのころ、ずっと大ファンだった石ノ森先生が『仮面ライダーBlack』を週刊少年サンデーに連載されてて、柱(マンガの欄外で情報などを載せる場所)に「アシスタント求む!」とあって。それで応募したんですね。

 

—— アシスタントにはスムーズになれたんですか?

早瀬 じつは、石ノ森先生のアシスタントになる前に、講談社に何度か原稿を持ち込んだ経緯で担当編集者がついていたんです。で、相談すると、「忙しくて自分のマンガが描けなくなるぞ」と言われて。すごく悩んだんですね。いちばん不安だったのは…必ずしも作品と作者はイコールではないので、万が一、先生のことを嫌いになってしまったら、作品までまるごと嫌いになってしまうのでは…と。それくらい石ノ森マンガが好きでしたから。自分のマンガが描けないかもしれない、という恐れよりも、憧れの先生のそばにいれることの嬉しさを選びました。

 

—— では大学卒業後すぐにアシスタントに?

早瀬 それが半年くらい放置で、平成元年の5月に「仕事があるから来てくれ」と。

 

—— 平成元年というと、手塚(治虫)先生が亡くなった年…。

早瀬 そのこともマンガへの想いが強くなった理由のひとつでした。テレビで手塚先生の棺を石ノ森先生はじめトキワ荘出身の先生方が担いでいるのを見て、ジーンと来たというか、すごく深い心のつながりを感じたんです。不謹慎に聞こえたら困るけれど、私もそのように師に仕えたい、と。

 

—— それほど石ノ森先生の大ファンだったら大歓迎だったのでは?

早瀬 いえいえ逆です。むしろファンは取らない方針だったようです。好きすぎて原稿をくすねたり、知った情報を外で喋ったり…。そういうことがあるから、当時のマネージャーには「あんなの入れて大丈夫?」と心配されていたようで(笑)。

ギネス記録は眠らない

—— そうして晴れて石ノ森先生のアシスタントになったわけですが…。

早瀬 ええ。しかし、話には聞いていたものの、やっぱりスーパーマンでした。でないとギネス記録を残せたりしませんよね。

 

—— “1人の著者が描いたコミック出版作品数の世界最多記録”ということで、生涯770もの作品を残されたんですよね。しかし、ギネス記録だからすごいことはわかるんですが、シロウトにはなかなかピンとこない部分も。

早瀬 たしかに月産300枚とか数字を言われてもピンとこないかもしれませんね。最高記録は月産560枚とか、藤子不二雄先生が2人で一日6枚描くところを一晩に20枚とか、いろいろ伝説があります。私が実際に目にしたわかりやすいエピソードとしては、インクが乾く間もなく次の原稿が来るからくっつかないようにするのが大変だったという。

 

—— インクが乾く間もなく?

早瀬 先生は自分のペン入れが終わると原稿をアシスタントの部屋の扉めがけて投げるんですが、あまりに描くスピードが速くて、アシスタントが素早く拾わないとインクが乾かないうちに次の原稿がすぐ飛んできちゃう。インクがくっついちゃうと台無しですから必死です(笑)。

 

—— すさまじい…それがギネスの現場なんですね!

早瀬 それでも70年代は背景が誰より緻密な作家と言われてましたし、人物はちゃんと自分で全部描くし、ときどき安孫子(素雄)先生から誘いが来ると飲みに行くし、なにしろ寝る前に小説を一冊読むか映画のビデオを一本観るかを日課にしてましたから。

 

—— 先生の勉強家ぶりは有名ですからね。いつ寝てたんでしょうか?

早瀬 そんなに寝てませんでした。毎日深夜3時頃まで仕事をして、そのあと自室に戻ってから小説を読むか映画を観るか。朝、ご家族と食事をしてから3時間ほど眠って、昼くらいには仕事にかかってました。

 

—— アシスタントの方は大変ですね!

早瀬 いえ、私の頃には基本的に電車があるうちに上がって、昼くらいに出てくる毎日でした。もちろん忙しいときは徹夜もありましたけど、日曜は休みだったし、特別ひどい労働環境ではなかったかと(笑)。

圧倒的な感覚とスピードの天才

—— しかし、それだけのハードスケジュールで、あれだけのクオリティのものを上げてきたというのは驚異的ですね。

早瀬 クオリティとスピードがなぜ両立できたかのか。そのヒントのひとつだと思うのですが、石ノ森先生の線は「止め」がないんです。たとえば…人物のバストアップを描く際の、首と襟元の境い目をイメージしてもらうとわかりやすいでしょうか。衣服を先に描いて、首を描くとします。そのとき、ふつうは襟元にかかるところでペンを止めますよね。が、先生の場合、そのままスーッと「流す」んです。勢いでペンを走らせている。はみ出す線をアシスタントがホワイトで消す行程が増える(笑)。でも、だからこそ線が生きているんです。

 

—— なるほど!先生のマンガに動きを感じるのも、それが理由なんですね。

早瀬 さらに、先生の描いた女性の絵なんかは、おなじ描き手からすると「えっ、そこでこっちに線が行くの?」という感じなんですね。定形がないというか…。絵って、いわゆる「こう描けばこう見える」という定形のようなものがあるんです。女性であればお人形さんのように描けばハズレがない。多くの人は無意識にそう描いていると思うんです。ところが石ノ森先生は違う。だからきわめてマネするのが難しいんです。お人形さんみたいでなく、ちょっとくずれたラインを描く。それが生々しい。肉感的になる。たぶんペンの乗るまま描いたほうが伝わる、と計算した末のスタイルだと思うのですが、そういう線を生み出す感覚が圧倒的なんですね。

 

—— 言われてみれば、たしかに先生の描く女性、それもちょっとエッチなシーンなんかはすごく官能的です。しかしスピードがスタイルに直結してたとは…。

早瀬 先生が何人かのマンガ家さんとサイン会をすると、先生の列だけ数倍進みが速い、なんてこともあったようですよ。

—— とはいえ、石ノ森先生も人間です。ニガテなこととかはなかったんですか?

早瀬 そうですね…。アシスタントに「教える」のはあまり得意じゃないようでした。先生自身、アシスタントとか弟子を務めた経験はほぼゼロですし、自分でなんでも描けるので描けない人のことがよくわからなかったのかもしれません。よく「らしく描け」って言われましたね。

 

—— アシスタントさんは先生の背中を見て学んでいったんですね。

早瀬 学ぶ以前に圧倒されます。なにしろ寝ないうえに世界一筆が速いので、「このくらいできないとマンガ家になれないのか…」って。後年になってようやく「人間は寝ないとダメだということがわかった」っておっしゃってました(苦笑)。

 

—— 圧倒されて逃げ出したくなりそうです。

早瀬 でも最盛期は先生の親族が経営するレストランでバイトしながらアシスタントの空きを待つというシステムがあったほどですから。なかなか空きが出ずにバイトだけで終了した方もいたとか。

——ええええ!それはキツいなぁ!

いかに今後も石ノ森章太郎を「生かして」いくか

—— そういえば早瀬さんが作画を担当されている『幻魔大戦Rebirth』第6巻が先日発売になりました。詳しい内容は書けませんが(笑)、不思議な世界感と息をもつかせぬ展開で興奮しました。平井和正と石ノ森章太郎という2大巨匠の大作を受け継いでプレッシャーも大変かと。

早瀬 ええ。いまでも濃いファンのいる作品ですからね。だから自然と力も入ります。

 

—— 描く上で気をつけられている点はありますか?

早瀬 気をつけているというか…やはり幻魔大戦という物語の「密度」を漏らさず描く、ということでしょうか。

 

—— 「密度」ですか…たしかに最近のマンガと較べると、コマ数も多いし、1コマの描き込みも濃密です。

早瀬 コストパフォーマンスが極めて悪い(笑)。いまどきは出版業界も大変なので、マンガ家も知恵を絞らないと生きていけませんから、たとえば話を効率的に進めることを優先すると、キャラの顔中心、バストアップの多用にならざるをえない場合があるんだと思います。いくつもの作品を抱えてたりすると、どうしても…。

 

—— そういう世の流れに反して、幻魔大戦らしい重厚さを表現するためには…。

早瀬 私は、作品が世に出ているあいだは作家も生きている、と思っているんです。だから、私がしなければいけないのは、粗製乱造でも、私を売る、ということでもなく、いかに今後も石ノ森章太郎を「生かして」いくか。自分の名前で本は出ていますけど、いまでも石ノ森先生のアシスタントとして仕事をしています。そして、いまの時代、こんなマンガの作り方は石森プロにいるからできる贅沢なんですよ。昨今こんな手のかかった作品はなかなかない。だからこそ意義があると思うんです。でも、ふとした時に「なんでこんなことやってるんだ?」と思うこともありますけど(笑)。

—— これだけの力作、もっといろんな人に読んでもらいたいです。若い人や石ノ森章太郎をあまり知らない人が触れて、原作に興味を持ってそちらも読んで…となればいいですね。それと原作をリアルタイムで読んでいた世代。

早瀬 大ヒットした作品ですからね。某サイトのレビューでも当時のファンらしき人が熱いコメントを書き込んでくれたりしています。ただ…原作が発表されたのは1967年…ちょうど50年前です。そのころ熱狂していたファンはすでにほぼ60代ですよね。基本的にアナログ世代なので、ネット(小学館サンデーうぇぶり)での連載にはたどり着けてない可能性が高い。そのうえ店頭での新刊マンガのサイクルは1週間程度だし、そもそも書店が激減しています。なので目に触れるのは奇跡に近いかもしれません。

 

—— いわゆる中高年でもマンガ好きの人はたくさんいるのに、いろんな意味で読む機会が少ないというのは…もったいないですね。

早瀬 コンテンツを後世に残すためには若い層に伝えないといけないんですけど、と同時に昔のファンも手に取れる環境を作っていきたいですね。

V3を描いて、1号・2号の物語を完結させたい!

—— これから書いてみたい作品はなんですか?

早瀬 V3が描きたいですね。『仮面ライダーV3』。

 

—— V3ですか。もっとレアな作品を上げると思いましたが、直球ど真ん中ですね!?

早瀬 いえいえ。実は石ノ森先生はV3のマンガは描いてないんですよ。

 

—— え?そうでしたっけ?読んだつもりになってたけど…。

早瀬 特撮のイメージが強すぎるんでしょうね。

—— 特撮シリーズで1号、2号ときて、次に出てきたV3はガラッとデザインを変えてきて、すごく新鮮に感じたことを憶えています!かっこよかった!すみませんオールドファンで(笑)。

早瀬 V3は1号と2号によって改造されて生まれたライダー。そういう設定なので、V3を描かないと1号と2号の物語が完結しないと思っています。私なりにそこに決着をつけたいんです。仮面ライダーは石ノ森先生の代表作のひとつですが、いまや知らない人も多いと思うので、それをきっかけに「石ノ森章太郎」に興味を持ってくれたら…。いつも根底にあるのは先生の作品を掘り起こしたい、という気持ちなんです。

 

—— それはぜひぜひ実現してください!期待してます!


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